東京高等裁判所 昭和29年(ネ)2643号 判決 1955年8月05日
控訴人 原武正
右代理人 山口嘉夫
<外一名>
被控訴人 大森基美雄
右代理人 広瀬武文
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
理由
控訴人(再反訴原告)の本件再反訴請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断することは、つぎに述べるところを附加訂正するほか、すべて原判決理由に説明のとおりであるからここにこれを引用する。
控訴人が本件再反訴請求原因として被控訴人にたいし賠償を求める損害というのは要するに、控訴人は昭和二八年一月二八日被控訴人を被告として訴を提起し(東京地方裁判所昭和二八年第(ワ)五〇二号)その当時金四十二万二千百九十円の価額があつたザルソーブロガノン、二〇cc五管入二千四百十五箱、純アルコール一封度入四百二十九本の消費寄託物返還を求めたが、被控訴人はその履行を拒み、昭和二九年二月一二日裁判上の和解が成立し、同年二月末日ごろ右薬品の引渡をしたけれども、このころには右薬品の価格は金二十三万円に下落しており、被控訴人の履行遅滞のため控訴人はその差額金十九万二千百九十円の損害をを受けた、この損害をいうというのである。
しかし控訴人は控訴寄託にもとづく薬品額の返還の現実の履行を請求し、その履行の遅滞はあつたにせよ現実の履行を得たのであり、債務者から約旨にもとずく同種同量の物件の引渡があれば債権はそれによつて満足するのであつて、たまたま履行遅滞の間にその物の客観的価額が下落したとの一事によつては履行遅滞による損害あるものというを得ないことは明らかである。もつとも、控訴人においてその請求から履行の時まで一定時期においてこれを他に転売する旨の契約をし、もしくは転売すべかりしものであつたとすれば、その間の値下りによる得べかりし利益の喪失はすなわち履行遅滞による損害といつて差支えないであろうから、これらの事情を被控訴人において当時予見しもしくは予見し得べかりし場合においては、いわゆる特別事情による損害として被控訴人にその賠償責任を帰せしめることができるであろう。しかし本件においてこのような事実があつたことは控訴人においてなんら主張立証しないところである。むしろ本件口頭弁論の全趣旨によれば控訴人は医者で、薬品販売商であつた被控訴人から、将来薬品類の値上り、入手困難等を見越してあらかじめ本件薬品を買受けこれをそのまま寄託していたものであることがうかがわれるから、他に特段の事情のない限り控訴人はその返還を受ければ、これを自ら使用するつもりであつたものと推認すべきものである。控訴人が前記和解にもとづき本件薬品類の引渡を受けた後再びこれを被控訴人に売渡したことは原審における当事者双方本人尋問の結果により明らかであるが、これは履行後に生じた全く別個の取引とみるべきものであつて、これあるがために前示結論を左右するものではない。したがつて控訴人は被控訴人に対してもともとその主張のような損害賠償債権を有しなかつたものといわなければならない。前記和解において当事者間に損害賠償の話合のなんらなされた形跡がないのみでなく、控訴人が被控訴人から引渡を受けた本件においてあらためてこれを金二十三万円で被控訴人に売却する旨の契約をし、なんら異議をとどめたことのない事実はこの間の事情を物語るものというべきものである。
仮りに控訴人においてその主張のような損害賠償債権を取得したとしても、控訴人が被控訴人との前記裁判上の和解にもとづき本件薬品類の引渡を受けた直後、あらためて控訴人はこれを被控訴人に代金二十三万円で売渡したこと、本件口頭弁論の全趣旨から明らかであるから、少くとも控訴人にこの時右物件の価額が右代金額の程度に下落したことを認識したはずであるにかかわらず、右物件を当の債務者である被控訴人にその代金で売渡したものであつて、その間なんら異議を止めた事跡はこれを認め難いところであるから、他に特段の事情の認められない本件においては、控訴人は少くともこの時被控訴人の履行遅滞による責任を免除したものと推認すべきである。従つて控訴人の右損害賠償の請求は失当といわなければならない。
すなわち原判決は結局において相当であるから、本件控訴は理由のないものとして棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長判事 藤江忠二郎 判事 原宸 浅沼武)